若者たちが何かに関心をもったり、
自分でなにかを考えたりするきっかけとしての、たたき台。
こんな人、事、考え方があるんだ、っていう
新しい価値観としての、たたき台。
平成元年生まれ、まだまだ若者の山崎達哉のブログ。

山崎達哉
日替わり店長の店「魔法にかかったロバ」代表。
立命館大卒業後、㈱電通を経て現業。

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人、場所、事業、店…
うまくいっていることほど、
理念・コンセプトが明確です。



たとえば、世界的に
うまくいっている企業。
Google、Amazonの
企業理念・コンセプト知ってますか?




ちょっと当ててみてください。



















答え合わせ



Google
「Googleの使命は、
世界中の情報を整理し、
世界中の人がアクセスできて
使えるようにすることです。」





Amazon
「地球上で最もお客様を
大切にする企業であること」






お〜。
色々納得ですね。








ぼくの、そして
株式会社ヤマロクの理念は、
「若者と社会を、つなげる。」
です。




株式会社夢を語れの理念は、
「自ら夢を語れ」
です。



ぼくはいま、この両法人の
代表取締役として
『若者が自ら夢を語り、
社会とつながっていく仕事』

を、しています。
これがぼくの使命です!







この使命感をまったく共有したのが、
夢を語れ創業者西岡だったのです。
だからいま、ぼくたちは、
共に夢を語れる世の中をつくっています。







では、
この理念を体現するために
最も適した場所はどこか?







女川なんですね〜!!


女川町のコンセプトがこちら。FullSizeRender



若者が
自ら夢を語り、
その夢のスタートを応援し、
社会に送り出す!!



ぼくには、
人生をかけた使命があります!

それを、同じ使命をもった
仲間、場所でやっていく!

だから、女川に移りました。





あなたのコンセプトは、
なんですか?

「若者と社会をつなげる。」

これは、
ぼくが大学三回生
就職活動のころから掲げはじめた、
今も変わらない、自分の理念です。



若者が見ている社会と
実際の社会

社会が若者にもつ印象と
若者の実態



これらには乖離があって、

若者が
「社会ってこんな感じでしょ!」
と思って楽しもうとしたら
楽しみ方が全然ちがって
ガッカリしたり凹んだりする、
みたいな。



そんな乖離を埋めるために!
広告で!
若者世代と社会の!
コミュニケーションを!
滑らかにしたい!

とか言って
広告代理店に就職しましたが
思ってた以上に会社員という
生き方が合わなかった。

まさに社会との乖離に
コテンパンにされたのが、ぼくです。





「若者と社会をつなげる」
というぼくの理念には
若者と社会それぞれに伝えたい
メッセージの柱があります。



若者よ、自ら生きろ。
社会よ、若者が未来だ。

です。
若者自らの人生を自ら考え、
行動し、切り開いてほしい。

社会はその若者が輝くことこそ
未来が輝くことだと考えてほしい。




会社員時代、
社会側から
アプローチしようとして
若者が見えなくなり、
自主性を得られなくなったぼくは

いま、ラーメン店という形で
若者側に寄り添うことで
自らも最高に楽しんでいます。





起業してから、
様々な方法で
理念にアプローチしてきました。

詳しくは割愛しますが、
日替わりで店長が変わる店
国政、首長選挙のコンサルタント
など、色々やってみました。



そしていま、
ラーメン店をやってます。

それは、ぼくの大好きな
焼肉屋さんが
「君と同じ意図を持った人がいる」
と、

西岡津世志 夢を語れ創業者
と出会わせてくれたからです。

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3年前。


彼と話して、
あっという間に意気投合しました。
今でも覚えている、
ぼくがオチた西岡の言葉。

「いま、世の中の真理に
気づいた人たちが
同じ方向向いてる。

みんな方法バラバラ。
でも意図は同じ。
だから手を組もう。」



これが、夢を語れとぼくとの出会い。




ぼくはこれまで
色んなことをやってきました。
うまくいったことも挫折も
たくさんありました。

でも1つ間違いないことは
意図は同じ。
そして方法は、いくらでもあるし
なんなら、どうでもいい。
無限大かつ、ゼロ。





若者が自ら生きるために、
自ら夢を語れる世の中に
若者の夢に、社会が関心を寄せる
世の中にしたい。



それが、ぼくの夢です!

去年も同様でしたが

3/11は、改めて自分が

東日本大震災の被災地

その最前線にいることを自覚します。




誤解をおそれずにいえば、

ぼくは、被災地の復興のため、

災害支援のため、を一番の目的に

女川に来たわけではありません。


でも、震災直後に社会人になった

我々世代にとって、

あの出来事は、間違いなく

それぞれの人生に

大きな影響を与えました。


震災がなければ

多分ぼくはここにいないし、

震災がなければ

ぼくが移住したいと思った

前向きに新しいことに

チャレンジしていく女川にも

ならなかったかもしれません。






今日も女川はいい天気だし、

風はすごく強いし、海は綺麗です。

でも、今日は女川にとって特別な日。




だからこそ、ぼくにできることは

いつも通り元気に店を開け、

夢を語り、最高のラーメンを

お客さんにお出しすること。




今日も元気に、いってらっしゃーい!


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